『係長』

 ソニーに勤めるまっつんが路上で段ボールハウスに住む男に呼び止められる。男は元ソニーコンピューターエンターティメントの上司の中嶌係長だった。「ソニーは今、理系のナンバーワン企業なんですよ。やりたいことがあって辞めるって言って、それでこれですか」まっつんは中嶌に詰め寄る。

 一言でいうと「燃え尽き症候群」なんですけど、ただ単にそこに「燃え尽きた男」がいてかわいそう、というのではお話にならない。まず「燃え尽き症候群」という言葉を聞いた時、最初に自分の心に浮かんだ「なぜ燃え尽きたの?」「燃え尽きていいの?」という疑問を無視してはいけません。無視してはいけないんですが、なかなかそれが言葉として出て来るものではありません。なぜそれが言葉にならないかというと「言ってしまうと、その人を傷つけるから言ってはいけない言葉」のグループに入っている言葉だからです。もちろん「燃え尽きた人間」に対して興味本位でそう尋ねる事は許されませんし、その人の立場や心情も鑑みず「そういうのはよくないだろう」と叱りつけてもいけません。そういったタブーとまではいかないにせよ、人が口にしづらい言葉も、あるキャラクターなら許される場合というのがあります。それはお話上のキャラクターがどのように造形されているのか? という事ももちろんありますが、演じる役者の人柄、というのも大きいものです。ホームレスの中嶌に詰め寄るまっつんと呼ばれているキャラクターを演じたのが、松下哲という役者です。彼自身が、まあ逆ギレする体質ではありますが、一途で真面目で自分の思いをきちんと人に伝えようと四苦八苦するタイプなのです。この男なら、もしかしたら、そういった部分に踏み込んでいっても、嫌味ではないのではないか、と思ったのです。まっつんにしかできないと思います。そんなふうに、役者はその人にしかできない役をやればいいのではないかと思います。それが一番早くて効果的な芝居作りの方法であると思うのですが・・・